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失敗学から創造学へ(本日は少々長いブログ)  

  1年の闘病・リハビリを経て、私たちの前に、血色のいい大枝秀一先生が現れてくださいました。性教協の定例会で断続的に行っている「哲学の勉強会」です。5月12日、今回のテーマは「失敗学から創造学へ」。10数名の参加者 
  やや遅れて参加しました。
最初、それぞれの失敗事例を具体的に書き出すこと、そしてその原因について考察することを、課題として与えられました。数々の失敗ばかりの私・・・どのレベルでの失敗を書こうか。やはり人間関係の失敗が多く思い出されます。人を傷つけることがやはり辛い思い出です(先週見たイラン映画の「別離」”昨年度アカデミー外国語映画賞受賞作”も、頭を盛んによぎります)
失敗の原因10が説明されました。
1.無知
2.未知(初めての現象)
3.不注意
4.手順の不順守
5.誤判断
6.調査・検討の不足
7.制約条件の変化
8.企画不良
9.価値観不良(効率追求優先のために結果的に「折り合いがつかない」)
10.組織運営不良(担当者が役割を果たしていない)
これが最も多い
失敗はある一定の確率現象で(=必ず起こる)、この10のいくつかが複合的原因となる。だから「想定外」ということはない。(福島原発問題を想起しますね)この複合原因を頭で考え、さらに「感じる」ことが大切、と言われました。
  当院では「アクシデントレポート・インシデントレポート」を蓄積し、定期的にスタッフ間で共有します。アクシデントがなぜ起こったのか、を各自考察するのですが、ややもすると「個人の不注意」的な考察で終わってしまうのですが、10を思い浮かべると、分析に幅ができてきます

  さらに大枝先生はこう展開されました。失敗は偶然性の領域、その失敗の原因が分かるとそれに対してどうしたらいいかが分かる・プロセスが分かる、そうすると偶然が必然性の領域になり、「自由になれる」。そうすると創造につながる。創造とは「新しい機能を持つものを作り出すこと」、当たり前のようですが、失敗の原因分析の行い方が大切なのでしょうか。

失敗の原因が分かると「自由になる」、ここが最も大切と解説されていましたが、ここが今一つわからなかった私です。「安心できる」感じはあるのですが。

  今一つ咀嚼できず、そこでヒントがあるかと思い、以前より大枝先生推薦の池田晶子さん(「14歳からの哲学」トランスビュー出版 など多数哲学の著者)の「人生のほんとう」トランスビュー2006)をめくってみました。「成功哲学は行き詰まる」というページが目に飛び込んできます。本屋の精神世界ジャンルに「人生こうすればああなる」というハウツーものや人生は自己実現だ、ポジテイブシンキング、そうして自分の望むように人生を実現しようと鼓舞する本(思い浮かびますねえ)の根本的考え方が「成功哲学」であると池田さんは説明し、そしてこれらをこう批判しています。「・・・ですから、起こってくるそのことが、もはや自分にとって良いことか悪いことかが問題じゃなくなる。ただ、起こるべくして起こることが起こっているという、そういうことになってくるのが本当なんじゃないか」。ふーむ、納得です。

  日曜日の朝一人静かなこんなひとときはいいな、写真は、新茶にミント(意外とあう!)とこの本。
失敗は起こるべくして一定の確率で起こり、その失敗は多分個々人にとってとても個性的で、その失敗がその人を形作るものだろうと。「自由」とは次の地平を可能にする、そうともとれるのかもしれない。と、昨日の哲学の復習に繋がりました

  さらにこの「人生のほんとう」をめくると、すごいなと思わされたのが以下です。少し長い引用になります。「大勢の人間が非常に不自然な欲望を持って生きていますから、そういうことは、大きなところで必ず帳尻が合うように物事は動くと思います。現在の人類は、言うところのカルマを非常に積んでいると思います。これは必ずどこかで自浄作用が起こる。それが自然災害であるという語り方もできますし、逆から言えば、われわれ人類が無意識の深いところでそういうカタストロフを望んでいるとも言えます。もうここまで来てしまった、これは1回チャラにしないとだめだ、チャラにしてしまいたいという気持ちを、おそらくみんなどこか深いところで持っているのではないかと思います。それがある種のカタストロフという現象を引き起こすような気が、私はします。自然災害といえども、われわれも無意識の部分は自然なのですか、深いところで自然と無意識はつながっています。・・・だからわれわれ自身が自然災害を起しているともいえるでしょう。」
  2006年発行のこの本、昨年の大災害をこのように見透かしていたことに、哲学する“すごみ”を感じました。宇宙の中の地球の中の日本、海の上にほんの少し見える火山活動によって形作られた山々の一部に住む私たち、自然と私たちとの関係に「失敗」は必ず一定の確率で起こるもの、と思えてきました。次世代を担うリーダーや人材は必ず東北や福島から出るはずと、励ましにもならないかもしれないと思いながら、彼の地の人と話したことがあります。災害地の子どもや中高校生のまなざし、決意、希望、それらに接したとき、すでに下手なおとななんかすっとんでしまう力を感じます。自然との格闘の中で人は本当の力(創造力)を獲得していくものなのでしょうか。


消化不良気味な部分満載のこのブログを最後まで読んでくださった方へ、ありがとうございます。
少しさっぱりするために、ある日のベランダからの夕焼け 


菖蒲、1-2週間後をお楽しみに。ゴッホの「アイリス」を思い出します。






ジャスミン、調べてみるとハゴロモジャスミンです。

# by yasuhi-clinic | 2012-05-16 13:11 | Trackback

小さな幸せ作り  

 連休はあまりいい天気ではなかったですね。私は自宅でじっとしていました。
本を読んだり・・・本当に近場で散歩道で見つけた花を写真にとったりしてました。
写真の面白さも感じました。写真のマジックというべきか。あと少しで満開になる菖蒲園に数個の花、やや満開を過ぎたつつじ、写真にとると、そんなタイミングの悪さを感じさせない(と私は思う)世界が「広がる!」。写真で切り取ってその世界がマジックになる。
小さな幸せづくりが今年の連休のテーマ。


















 いつも行き詰まったと感じる時に、引っ張り出す本があります。
中井久夫先生の「こんなとき私はどうしてきたか」(医学書院)がそうです。ぱらぱらとページをめくりながら飛び込んでくる言葉により落ち着きます。今回飛び込んできた言葉は6:3:1の法則。その解説は「つらいときっていうのは楽しいことは思い出せないものなんですよ。『人生、今まで暗いことばかり』と言う人がありますが、実際はそうじゃないことがけっこう多いです。・・・略・・・人が幸福かどうかにかかわらず、思い出は楽しいこと6、中立的なこと3、嫌なこと1だそうです。生理的に楽天的になるのが健康を取り戻すということなのですね」だそうです。

誰がそんなことを言ったのだろう、引用文献は?などといつもなら理屈っぽくなるのですが、
なんだか中井先生にそう書かれると、そうかもしれない、と素直に思っちゃいます。これって宗教?そう、私にとってバイブルのような本です。

医師として私の師匠でもあります。勝手ながら自分でそう思っています。だって「希望を処方する」なんて言葉がある。さらに「医者はこれからどうなる確率が高いかを、希望というパセリを添えてメニューを出す」なんて言葉がある。
パセリは緑。

1月に植えた樅(モミ)の木に小さな花?実?小さな松ぼっくり?


ヒロインになるのを待つあじさい


可愛い梅の実がなっている。そういえば3月には盛んに蜂が梅の花に鼻を突っ込んでいたっけな。


そして懐かしい子どものころを思い出させる矢車草。そんな小さな幸せを見つける連休でした。
 

# by yasuhi-clinic | 2012-05-07 17:21 | Trackback

  





ナースカウンセラー持参の「斑(ふ)入りもみじ」








旧唐人屋敷内 土神堂のカラー



館内市場付近って本当におもしろいです
ここに温泉があるとは・・・「丸金温泉」、日本と中国がモザイク様に存在。



「チーズいりハトシ」は破れ饅頭と一緒に市場の軒先に。この破れ饅頭、スタッフとお茶うけにいただきましたが、手作りふうのあんこが好評でした。

# by yasuhi-clinic | 2012-04-20 15:56 | Trackback

気持ちの晴れるある日の外来「産院の 調薬に添へ 雛あられ」  

   「今日は検診にきました」というある患者さん診察後に「先生、いいことがあったので、お知らせします」とにこにこしながら伝えてくださいました  俳句に長年親しんでおられるそうです。
「産院の 調薬に添へ 雛あられ」という俳句が県俳人協会春季俳句大会で佳作という評価をいただき、今度授賞式に行くんですよ、とのことでした  このクリニックでのささやかな雛祭りあられをうたってくださっているのです。雛あられと産院(当院は出産は取り扱っていませんが)、浮かぶのは淡いパステルカラーです
  そんな同じ日に、また嬉しくなるエピソード。20代の女性が低用量ピル(OC)を開始されました。避妊や月経痛緩和目的です。その方は心療内科にも通院されていることを知り、その薬との相互作用が少しあるので、心療内科の主治医に診療情報提供の必要を感じ、お手紙を書き、先生あてに持参していただきました。

  その1か月後、OCの2パック目処方に来院され、診療内科主治医のお返事を持参されました。とても丁寧なお返事です。心療内科の薬は用量が少ないので心配ないだろうこと、そして月経前後の不安定さにはOCは効果があるだろうこと、今後何か気になることなどあれば連絡を取り合いましょう、との内容でした。

診療情報提供書の内容は私たち医師の答案用紙のようなものだと思っています。これは医師同士の連絡でもありますが、患者さんのもの(どのように医師が考えて診断や処方や方針をたてているのかを理解していただくもの)でもあると位置づけていますので、当院では患者さんご自身にも公開しています。

  「とてもいい先生だと思う」と、おこまがしくも患者さんに感想を言うと、「そうなんです。気持ちが楽になる先生です」と答えがありました。この患者さんを心療内科の先生ともども二人の主治医としてきちんと支えて行こう、という私自身の気持ちも強くなります。この私まで、暖かく支えられた気持ちがします。患者さんにとっても、これはとてもいいことです。

そんな気持ちいい暖かくなる午後の診療でした
桜から緑へ、季節の変わり目です

# by yasuhi-clinic | 2012-04-20 13:07 | Trackback

宮原さんが新聞に出た。  

朝日新聞を開くと、なじみの顔!みやはらではないか。
3月26日付けで「障害児の性 当然のこと」と題されています。ライフワークとして「障がいと性」に関わる彼女、親友ながら尊敬しています。(長崎“障がい児・者の性を考える”教育研究会 HP


波佐見の煙突

   













この時期になると桜陶祭があります。
その名の通り、桜と陶器のお祭りです。有田陶器は全国的に有名ですが、実は有田に出されている陶器の多くはこの波佐見で作られているのです。祭りには少し早いけど出かけてみました。祭りのときは大勢の人でにぎわいますが、静か。
うぐいすの鳴き声や川の音も聞こえ、のんびりした里山風景を楽しみました。

桜も青空に映え、陶器を焼くための煙突がそこかしこにあります、昔はもっとたくさんの煙突がたっていたことが忍ばれます。





味わいのある石塀欄干にも陶器がちりばめられ、独特の中尾山です。







を写真に撮るのは難しいとつくづく。青空をバックに撮ってみたけど、桜のイメージではない。
やはり風に揺れたり散ったり、幾重にも重なる桜が「怪しげ」に見えたり、数日で散っていくことを想像したりのうえで、今のこの桜です。
今この一瞬をきちんと見ることを要求する花です。



いつか桜陶祭で手に入れた今里酒造の六十豫州の新酒を探したけど、今回なかったのが残念。
ネットで調べると4月21日が蔵開きなので、やはり早かったようです。最近日本酒のおもしろさが少しわかってきました。日本人だからか、ワインよりもその違いが自分で表現できるからかもしれません。

これはアーモンドの花です。桜そっくり。



ムスカリも群生、お正月に植えた樅の木がバックに。

# by yasuhi-clinic | 2012-04-09 17:33 | Trackback

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